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プロフィール


代表挨拶

「作り手」「売り手」「買い手」この三者が日々笑って過ごせるように。そして 自らお客様のもとへ足を運び革靴等に対する理解や関心を深めて頂く。それがものを作る人としての姿であり、私達に与えられた使命だと思います。

弊社有限会社サンレイは国内・海外にて積極的にイベントを行っており、「お客様と近い距離でもの作りを」という企業理念の下、ユーザー様との関係を非常に大切にしています。

静岡県焼津市の小さなブランドではあるものの、小さいからこそ一つ一つの製品に思いを目一杯込めています。手にしやすい価格、独自の企画などにこだわり、RAYMARだからできることの実現に努めています。

是非一度RAYMARの靴を履いてみて下さい。今までとは違う新たな景色が見えると思いますよ。

有限会社サンレイ
代表取締役 / RAYMAR 大石 裕介

代表 大石裕介の生い立ち

皆さん、人の第一印象は何秒で決まるかご存知でしょうか。

答えは「3秒」。

たった3秒ですが相手に与える印象はとても大きなものです。

中でも靴は「履く人の人格を表す物」と言われており、一目でその人がどんな人かわかってしまいます。

【RAYMAR】はそんな「3秒間の印象」によって人生が大きく変わってしまった私大石裕介の苦い経験がもとになり誕生したブランド。

こちらのページではRAYMARブランド誕生ストーリーや代表大石裕介の生い立ちをご紹介。

プロフィール

大石 裕介(おおいっさん)
1990年11月5日生まれ
得意科目:家庭科・音楽
好きな事:靴作り / ドライブ(バイク&車)
チャームポイント:天然パーマ

音楽との出会い

神奈川県川崎市にて生まれ、静岡県焼津市で幼少期から高校までの時間を過ごし大学進学と共に上京。

幼少期はゲーム等よりも海や山などの自然で遊ぶことが凄く好きな少年でした。

幼い時から何かを作ることや音楽が大好きで、音楽や家庭科・技術の授業は特に楽しかった事を覚えています。もちろん体を動かすことも好きでしたが、やはり「何かを作りその作品を通じて自分を表現する事」が好きでした。

左:おおいっさん / 右:アニー

特に「音楽」との出会いは私の人生を大きく変化させました。

私が小学生の頃、初めて兄(アニー)のMDプレーヤーで「175R(イナゴライダー)」の楽曲を聞いた時の衝撃は今でも覚えています。

「こんなカッコイイ音楽がこの世の中にあるのか!!!」ピュアな私にとってそれはそれは衝撃的な出来事でした。

少し表現が古いかもしれませんが、正に「カセットテープが擦り切れるまで聞いた」という表現がぴったり。それほど聞きました。

そんな中、音楽を聴くだけでは物足りなくなってしまった小学6年生の私は「ギター」を始める事を決意。

朝起きたらすぐにギターを弾く。ご飯を食べたらギターを弾く。旅行にも行きたくなかった。なぜなら旅行中はギターが弾けないから。何よりもギターが好きでした。

今思うとあの時ギターに向けていた情熱と飽くなき探求心は凄かったですね。ギターを弾いている時が一番自分らしくいられる。そんなギター漬けの日々を過ごしていました。

そしてギターをやっていた事がきっかけとなり高校進学と同時に他校の先輩に誘われ念願のバンド活動をスタート。

1つ上の学年の先輩と共に一生懸命活動に打ち込み、盛んに県内各地でライブを行っていました。

原点はバンド活動

このバンド活動と仲間との出会いが私の人生の原点であり、今も尚私の心の中に在り続けているアイデンティティになっています。

例えば「人間関係」。バンドは3人もしくは4人一組となり、仲間との絆は演奏にも影響する何よりも大切なもの。もちろん沢山喧嘩もしましたが、相手の意見を尊重し合い1つの目標に向かって突き進むことの大切さを共有できたことは大きな経験でした。

また、ライブは高校生ながらも先輩や大人の方々と同じ舞台で演奏をします。先輩や大人の方々のステージパフォーマンスを間近で見て良い部分を吸収する。分からない事があれば、話した事がない人でも積極的に話に行きコツを聞く。

ギターばかり弾いていて人と話す事が苦手だった私ですが、溢れんばかりの探求心が自然と様々な人と交わる機会を設けてくれました。

最後はライブハウスの方にしっかりとバンドと自分を売り込むまでに成長していました。私の営業マンとしての人生はこの時からスタートしていたようです。

そして、もう一つは「何かを伝える立場」という意識を持つ大切さ。

皆さん、舞台で演奏しているアーティストがつまらなそうにしていたらどうでしょうか。見ているこっちまでつまらなくなりますし、何よりお客様に失礼ですよね。見て頂いている人は私達の為にお金を払い時間も使って下さっている。そんな大切なお客様へ喜びや体験を提供する事が私達の役目であり、「今日は来て良かった!」と言ってもらえることが何よりも価値のある事だと思います。

その気持ちがなければ舞台に立つ資格は無い。私はバンドを通じてお金では得ることの出来ない多くの事を学びました。

仕事も同じです。

飽くなき探求心は新たなプロダクトを生み出し、人と人の出会いは新たな可能性を生み出す。喜びや経験を提供することは人々を笑顔にする。

今も日々この気持ちを忘れずに、RAYMARでの仕事に打ち込んでいます。

高校時代共にバンド活動を行った先輩と / 新宿伊勢丹様 靴博2019年にて

花の都「東京」へ上京

時は流れ受験シーズンに。泣く泣くバンド活動を休止し、その憂さを晴らすかのように食に逃げながらも受験勉強を遂行。結果体重+12キロという反動を負いながらも無事大学へ進学。私は何かあるとすぐに食に逃げるタイプです。
そんな大学では当時思い描いていた「何かを作り、その作品を通じて自分を表現する」という事を両方を実現出来るバンド活動に引き続き明け暮れ、作曲をしながらプロギタリストを目指し日々積極的に活動をしていました。

少し恥ずかしいですが、ミュージックビデオまで作ってしまうという本気度でした。

作成したミュージックビデオはこちら ※おおいっさんは「リードギター(一番右)」。レスポールというギターを弾いているのが私。


当時「BEYOND THE BLUE TOUR」という海外アーティストの方々が来日するイベントの前座を務めた事も有りました。今見ると凄いメンツです。

ですが上には上がいます。

「大学卒業までに芽が出なければ活動を辞めてしっかりと仕事をする」と決めており、残念ながら在学中に芽が出ることはありませんでした。

私はこの時初めての挫折を味わいギターの道から離れ、都内のIT会社へ就職します。

ここからはこれまでとは全く異なる人生を送る事になる私ですが、どうなるのか!?

下記へ続く!

気持ちを新たに仕事に打ち込むも、待っていた現実は....

都内のIT企業に就職した私。気持ちを新たに仕事に打ち込む事を決め、第二の人生を歩み始めます。
配属は営業部。これまでの経験から営業の仕事には自信があり、雨の日も風の日も日々飛び込み営業を必死に行いました。

しかしながらここでも入社早々私のガラスのハートは打ち拉がれてしまいます。

日々営業を行うも自分の思い描いていた世界とは全く異なり、なかなか思うような成果が出ない。

バンド活動で人と話す時とは異なり飛び込み営業では無下にされる事が多く、自分が思っていた「人」に対してのギャップが私の心の中で生まれます。

自分の無力さを痛感し結果として人と話す事がどんどん怖くなります。

来る日も来る日も否定される恐怖に怯え、遂には私から笑顔が消えました。一日中公園でボーっと過ごすこともしばしば。給料泥棒とは正にこのこと。恥ずかしながら逃げてしまったのです。当時の環境から。

気が付けば身なりも粗末になり、父親から入社祝いで頂いた「ホールカットの靴」も傷だらけでボロボロの状態。仕事だけでなく、自分に対しても無気力になっている自分がいました。

新卒時代のおおいっさん。

どん底から見えた微かな光

そんな堕落した私の人生にある転機が訪れます。

とある日、「このままではいけない」そう思い気を取り直して再び飛び込み営業を行った際、何気なく入った企業の方にこう言われました。

「君、靴汚いねぇ~。そんな人から物を買いたいと思わないねぇ~。最低限のマナーだよ。」

その場は愛想笑いで済ませましたが、当時の私には言われた言葉の意味が全く分かりませんでした。むしろ心の中では

「確かに傷は多いけど...靴は道具なんだから仕方ないじゃん。靴なんて....。」

こう思っていました。今思うと恥ずかしい限りです。

しかしその日から言われた言葉が頭から離れなくなり、私はある言葉を知る事になります。

“その人が履いている靴は、その人の人格そのものである”

その時営業先の方に言われた言葉の意味を理解し、全身に衝撃が走りました。

「なんで今まで気が付かなかったのだろうか。靴がこんな凄い力を持っていたなんて。。。」

そんな気持ちと共に、一気に込み上げる感情が有りました。

「変わりたい。靴をきっかけに本当の自分を取り戻したい。」

気が付けば空き時間に携帯で革靴について調べる様になり、休みの日には知らぬがまま靴を磨いてみたり。当時シューケアグッズは「ワックス」の存在しか知らず、いきなり靴にワックスを塗り込んでいたのを覚えています。もちろんベタベタです。

それでも綺麗になる靴が見ていてとても気持ち良く、そこからどんどん靴の世界にのめり込んでいきます。

同時に「良い革靴を履いてみたい」という気持ちも少しづつ芽生え、なけなしの給料を握りしめ理想の革靴探しに繰り出る私がそこにはいました。

今思うと悔しかったのだと思います。「靴を綺麗にしてあの営業先の人を見返したい!」心のどこかでそう思っていたのでしょう。

そしていざセレクトショップに行き「これカッコイイ!」と思い手にした革靴はChurch'sの「Grafton(グラフトン)」というフルブローグのモデルでした。私はウイングチップ好きです。

そして値段をみて驚愕。

「家賃じゃん。。。。」

東京で一人暮らしする私にとっては大金。しかも友人との付き合いや会社の飲み会も盛んな時期でしたのでとても手が出せませんでした。他のショップでも自分の履きたいと思った靴は軒並み高額。

とても悔しい思いをしました。

この悔しさがより一層私を靴沼へと誘います。

その日は仕方なしに量販店で革靴を買い帰宅。後日早速仕事で履くもすぐにソールが剥がれてしまいました。

その時、ふと父から入社祝いで頂いた「ホールカットの靴」を思い出しました。

「あんなに粗末に使っていたのに壊れていない。一体なぜ。」

居ても立っても居られなくなり靴の仕事に携わる父に伺うと、その靴は「グッドイヤーウェルト製法」の靴でした。

そう、私が買いたい靴達は皆「グッドイヤーウェルト製法」を採用した靴達だったのです。

十数年前の当時グッドイヤーウェルト製法を採用した靴は軒並み高額。それは所謂「良い靴」と呼ばれていた靴達でした。

買いたいのに買えない。履きたいのに履けない。どうしたらよいのか。

その時、私の中で小さな思いが芽生えます。

「自分と同じ思いをしている人、きっと多いはず。その人達を笑顔にできたら凄いなぁ。」

そんな思いが私を強く動かします。

そうだ!自分で作ろう!「手に取りやすい価格で丈夫、高品質の靴を!そして自分と同じ思いをしている人たちを笑顔にしたい!

どん底にいた私が再び見つけた生きる希望であり、明るい光でした。

水を得た魚の如し、すぐに務めていた会社を辞め現会長である父の会社に入社を懇願。

「靴業界は厳しいから」という理由で三度断られるも、自分のやりたい事を伝え続け現在の会社「有限会社サンレイ」に入社。条件は自分の給料は自分で稼ぐ事。

あとは行動あるのみ。知り合いの靴工場や現在お世話になっている中国の工房にお願いをし、泊まり込みで靴の猛勉強をさせて頂きました。

遂にRAYMAR誕生

0からのスタート。

右も左も分からない状況下でしたが、昼は自社での仕事を行い夜はアルバイト&靴の勉強という生活をこなし続け、少しづつ靴作りを学んでいきました。

時折、一人で中国の工房を訪問することも。職人さんから型紙の作り方や木型の作り方等沢山の事を学ばせて頂きました。もっともっと靴の事を職人さんに聞きたかったので中国語も沢山勉強しました。興味心というものは凄いものですね。

そんな生活を始めてから2年が経ちいよいよ自分の思いを行動に移す時が来ました。

「手に取りやすい価格で丈夫、高品質の靴を自分で作ろう!そして自分と同じ思いをしている人たちを笑顔にしたい!」

ここからが本当の始まり。いよいよブランド始動です。

2015年の11月5日、靴ブランド【RAYMAR】が焼津という小さな港町に誕生しました。

【RAYMAR】という名の由来は弊社「有限会社サンレイ(SUNRAY.co.,ltd)」の【RAY(光)】とこれまで本当にお世話になった工房のオーナーさんや職人さん方のイニシャル【M・A・R】を頂き【RAYMAR】と命名しました。

心境の変化

こうして始まったRAYMAR。

職人さんにサポートをして頂きながらこだわりが沢山詰まった靴達を1足1足心を込めて丁寧に作りました。

もちろん初めのうちは知られていない為、無名のブランドとして1年程時を過ごします。

時折「レイマー?(笑)なにそれ!変な名前だな~!(笑)」と笑われたり、同業の方からは「どうせ売れっこないよ」等と様々な事を言われました事を今でも覚えています。

「やっぱり無理か。。。」

いつもならここで諦めてしまうのですが、この時の私は今までの私とは違いました。そう、明確な「目的」を心に持ち、初めて見つけた自分のやりたいことだから。

「手に取りやすい価格で高品質の靴を作り、自分と同じ思いをしている人たちを笑顔にする!」

とにかく日々この目標に突き進みました。

RAYMAR第1作品目【セミブローグ】

もちろん辛い事も沢山ありましたが、自分がやりたい事が出来るなら辛い事も全て受け入れられました。

そして、3ヶ月に1足売れるかどうかという状況が2か月に1足、1ヶ月に1足へとRAYMARも徐々に変化していきます。

初めてご購入頂いた方からお礼のメールを頂いた時は本当に嬉しいものでした。これまで自分自身が経験した物事の中でなによりも。

「伝わった!!!!!自分の思いが初めてお客さんに伝わった!!!!!」

お金では買えない大切な事を学んだ瞬間でした。

お客様に育てて頂いた私とRAYMAR

RAYMARが少しずつ認知されると共に、温かいお言葉を頂いたり応援のお手紙を頂く機会も徐々に増えていきました。

頂いたお手紙などは全て大切に保管しております。
また、私が知らない靴の事やビジネスマナーをお客様が教えて下さることも多々御座いました。

服飾ジャーナリストの「飯野高広さん」をご紹介頂いたNさん。
※初めてWeb記事でRAYMARを取り上げて下さったのは飯野高広さんでした。

他社メーカーさんのサイズ感について親身になって教えて頂いたSさん。

毎日仕事帰りに職場に寄って下さり販売方法や写真の撮り方のアドバイスを頂いたWさんなど。

私達はこれまで沢山の方に助けて頂き、ここまで大きく育てて頂きました。

本当に感謝しております。

だから今度は私の番。

RAYMARを通じて多くの方に「ありがとう」の気持ちと共に「笑顔」を届けよう。

自らお客さんのもとへ会いに行こう。

どの靴メーカーよりもお客さんと近い位置で靴を作り続けよう。


それが作り手としての本当の姿であり、私達に与えられた使命だと感じています。

20年、30年と愛され続けるブランドを目指して

RAYMARが始まってからもうすぐ10年という月日が経とうとしています。

RAYMARを始めた当初は10年を迎えることなんて想像できませんでした。

苦しい資金繰り故にいつブランドが終わってしまうかという恐怖心。作り手としての責任を全うし、目標に向かって突き進む力が続くのかどうかという不安感。毎日そんな恐怖心や心配事に何度も押しつぶされそうになりました。

ですが、こうして大きな節目を迎えられるのはやはり応援して下さるお客様がいたからです。

直接お会いして温かい言葉を掛けて下さる方、時には私達の為に厳しいご意見を仰って下さる方も沢山いらっしゃりました。

皆さんがいたからここまでやって来れたと思います。

よく「今後はどうしていきたいですか?」というご質問を頂く事があります。

もちろん今後は国内に留まらず世界も視野に活動を広げていけたらと思いますが、私はRAYMARを大きなブランドにする気はありません。

自分の手が届く範囲でしっかりと確実に。一人一人のお客さんと向き合って革靴の良さを伝え、お客さんと共に成長していきたい。

「お金じゃないんだよ。私達がずっと大切にしてきた事は。この先も変わらず、今までと同じ様にお客さんの傍で靴作りを続けていきたいんだよ。」

これが私の素直な気持ちです。

今後もこの気持ちと目標を忘れず、お客様と共に楽しく様々な事にチャレンジしていきたいと思います。

最後に

こうして振り返ってみると、バンド活動やこれまで経験した挫折は今の人生の基盤となるものであり大きな転換点。大学在学中に「音楽」で人を魅了し全国を飛び回ることは出来ませんでしたが、今は「靴」で同様の事が実現出来つつある事に大きな幸せを感じています。

そして再びバンドと同じ様にめり込める仕事に巡り合え、困難にも立ち向かう覚悟ができ現在は代表取締役として会社を経営しています。これもRAYMARを応援して下さる多くの方のお陰だと強く感じています。

だからこそ応援して下さる方の傍でもの作りを続け、これからも自分の足で「良い靴とは何か」「良い靴を持つ喜び」「作る楽しさ」を積極的に伝えに行きたいと思います。

RAYMARはもうすぐ誕生10周年。20年後も30年後も愛され続けるブランドを目指して楽しみにながら仕事に打ち込みたいと思います。

今後とも何卒宜しくお願い致します。

最後までご覧頂き有難う御座いました。

有限会社サンレイ
代表取締役 / RAYMAR担当 大石裕介